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「小芝居ユニット/Funny Butterflies.」の
BLエチュード作品『首吊りの夏』をノベライズ化いたしました。

際どいラインなのですが、一応15禁作品とさせていただいております。
15歳未満の方、BLが苦手、という方は閲覧をお控えいただきますようお願いいたします。

このページは全4回のうち3話目です。


















 二日目。僕と上沼は〈上沼雑貨店〉の奥にある畳の部屋で壮絶な戦いを繰り広げていた。
「嫌だったら嫌だ」
「んだよー、いいじゃんこれくらい」
 ワイシャツの釦に手をかけようとしてくる上沼を必死に手で押し返す。
「嫌だ」
「もう観念しろって。逃げ場ねーのわかるっしょ?」
「だからって、こんなの……」
 なんでこんな暑いなか、ぎゃーぎゃー喚かなきゃいけなくなったのか。ことは三〇分前に遡る。

「――祭り?」
「おうよ。汀(ミギワ)神社の境内で夕方から」
「それが今日の壮行会の内容?」
 上沼が元気よくうなずく姿に若干イラッとしながら、僕は
「わかった。じゃあ四時半に支度してここ来るよ」
 と言って、自宅へ帰ろうときびすを返すと、いきなり背後からわきの下に手を回され、腕が動かせない状態のまま畳の部屋に連行された。
「痛いな。なんなのさ、急に」
「これ!」
 ばっ、と急に布が広げられ、視界が塞がってピントが合わなくなる。目の前に広げられた布から二、三歩遠ざかると、それが浴衣であることがわかった。
「浴衣……が、どうかした?」
「これ、お前、着る」
「なんで怪しい商人風……っていうか嫌だよ、そんな派手な柄」
 ギャル浴衣には及ばないが、いかにも遊び人が着そうな鈍い金糸で龍が刺繍された紺地の浴衣だった。
「俺、これ、着る」
 そう言って上沼は灰色の地に金色の龍が刺繍された浴衣も箪笥から引っ張りだしてきた。つまりはこの二着、色違いでお揃いの浴衣である。
「絶対嫌だ」
「いーじゃん、オソロ」
「女子高生のストラップ事情か」
「アレ、みんなにイイ顔してたらあっという間に自分のケータイの重さ越えちゃうもんね、ストラップだけで」
「とか言いながら、僕のワイシャツの釦を外そうとするな」
 そして約三〇分に渡る激闘の幕が切って落とされた。

 ――とか格好良く言ってみたのものの、僕には三〇分の抵抗が限度だった。むしろこんな暑くて狭い部屋で三〇分も暴れ回ったことを誉めてほしい。いや、嘘だ。こんな阿呆なこと誰にも知られたくない。
「はい、こっち腕通してー」
 そして結局負けたなんて言いたくない。
「なんで、揃いで着る必要があるんだ……」
「ほら、この浴衣、お前が着るのと俺が着るのとでデザインが左右反転してんだろ? だから俺が右に立って、お前が左に立ったらおもしろいんだよ」
「君のおもしろ基準はわからないし、よくもまあそんなくだらないことで僕を屈服させたもんだね」
「あ、帯が異様に余る。美鶴痩せすぎ」
 聞いてないし。上沼はタンスからまたあれでもない、これでもないと取り出している。本当に物の多い家である。なんだか好き勝手暴れ回ってしまったが、どうして上沼の家には誰もいないのか。壁に掛かっているカレンダーをよくよく見ると、一昨日から来週末までの二週間に赤いバツがつけられ「父母バカンス」と書いてあった。「バカンス」……昭和臭がすごくする。
「上沼。お前、留守番してたのか」
「んー? そうだけど?」
「僕に付き合ってる暇、あるのか? 店とか……」
「あー、店は開けても開けなくてもいいって言われてっから、好きなだけ休めんの」
 それに、と言って上沼は一本の帯を持って立ち上がった。
「付き合わされてんのはお前の方だろ?」
 そう言われて僕は我に返った。そうか。あと一日でロープが届く。そうなれば上沼に振り回されるどころか、全部のしがらみから解放されるのだ。

 ――なんだか、よくわからなくなってきたよ。

 僕は曖昧に笑った。


〈続く〉