頬の烙印

 ドロッセルバルトは意を決して妹の部屋を訪れた。

【ドロッセルバルト】……カンテラ。
【カンテラ】お兄様? どうぞ入って。

 扉が重く軋みながら開いた先には、アンティークの家具を基調とした落ち着きのある空間が広がっている。幼い頃、この部屋で妹と遊んでいたドロッセルバルトは、一瞬のうちに立ちくらみがしそうなほどの記憶の奔流に包まれたような気がした。

【ドロッセルバルト】お前に、話さなければならないことがある。落ち着いて聞いてほしい。
【カンテラ】なにかしら? お兄様の顔色の方が、よっぽど悪そうよ。

 カンテラに指摘され、ドロッセルバルトは少し顔を歪める。

【ドロッセルバルト】そうかもしれない。
【カンテラ】……突然、お気に入りの鏡を隠されてしまったの。
【ドロッセルバルト】ああ。
【カンテラ】私、病気にでもなってしまったのかしら?
【ドロッセルバルト】……。

 ドロッセルバルトはゆっくりとカンテラの傍へ行き、目の前に跪いてその手を取った。

【ドロッセルバルト】ミッドナイトの話を覚えているか?
【カンテラ】ええ。一五年に一度の真っ暗な夜。その夜は、生け贄を捧げることでしか明けることがないのだと。それは決しておとぎ話ではなく、お母様の命を奪ったのだと。一緒に聞いたでしょう、ドロシー?

 幼い頃へかえったように、カンテラはドロッセルバルトの名前を呼んだ。その様子で、ドロッセルバルトは賢い妹がすべてを悟っているのだと知った。

【ドロッセルバルト】ミッドナイトはすぐ傍まで迫っている。早急に手を打たなくてはならない。
【カンテラ】……私を生け贄にする準備?
【ドロッセルバルト】そうはしたくない。そのための方法を探している。ビルマルクやアーダルベルト、他にも賢者たちに協力を仰いで、道を探している。

 カンテラはドロッセルバルトの手を握り返し、その指を自分の頬に導いた。

【ドロッセルバルト】カンテラ……。
【カンテラ】生け贄の印がここに現れているのでしょう? もしかしたら、誰かが悪戯で描いた落書きかもしれないわ。……どう? 消えたかしら?

 ドロッセルバルトの指に、あたたかい雫が触れる。妹の手にまかせて、ドロッセルバルトは呪わしき印をなぞる。

【カンテラ】私の涙で、消えてしまわないかしら……。

 部屋に震える声が微かに響く。カンテラの頬の烙印は、残酷にも消えることなく刻まれたままだった。