変わらない人

 カンテラは城の回廊を早足で歩いていた。城で出会う人々は一様に暗い顔をしており、カンテラの頬の烙印を見てはよそよそしく礼をして去っていく。中には瞳に涙を溜める者もいて、カンテラはどうしたらいいのかわからなくなってしまっていた。

【カンテラ】私が、みんなを悲しませてしまっているのよね……わふっ!

 ため息混じりに角を曲がると、カンテラは誰かにぶつかった。

【カンテラ】ごめんなさい。考え事をしていたものだから……。
【アーダルベルト】おや。カンテラちゃん。ご機嫌麗しゅう。

 カンテラを抱きとめた主は、城の出入りを許された数少ない人物であるアーダルベルトだった。カンテラは落ちつかない気持ちで、アーダルベルトに尋ねる。

【カンテラ】……アーダルベルト。いつまで抱きしめているつもりなのかしら?
【アーダルベルト】カンテラちゃんのスリーサイズがわかるまで? いたたた!

 カンテラは無言でアーダルベルトの足を踏みつけ、距離を取った。

【アーダルベルト】ガード堅いなぁ、相変わらず。たいていのお嬢さんは乗ってくれるのに。
【カンテラ】貴方って人は……!

 そう言いながらもカンテラはどことなくホッとしていた。アーダルベルトの緩い口調や、気さくな笑顔には変わるところがなかったからだ。

【アーダルベルト】そう怒るなよ。気が滅入っているであろうお姫様への軽いジョークだ。
【カンテラ】どうしてわかったの?
【アーダルベルト】生真面目なお兄ちゃんはさぞかし難しい顔をしているだろうし、役立たずな守護者は意気消沈でこの世の終わりみたいな顔してるだろうな、と思ってさ。
【カンテラ】先生のこと、悪く言わないの。兄弟じゃない。
【アーダルベルト】向こうが勝手に家を捨てたってのに、俺があいつを気遣わなきゃいけないのか?
【カンテラ】血の繋がりは消えたりしないわ。
【アーダルベルト】へいへい。……にしてもさ、結局どうするのかねぇ。
【カンテラ】どうするって……どうもならないじゃない。
【アーダルベルト】ふーん。じゃあ、カンテラちゃんは大人しく生け贄になるわけ?
【カンテラ】仕方がないもの。この国を救うにはそれしか……ないわ。

 ちくりと刺す胸の痛みを覚えながら、カンテラは言った。するとアーダルベルトはカンテラの目をじっと覗き込み、

【アーダルベルト】仕方がないとか言ってんじゃねーよ。こんな時だけいい子ちゃんすんな。

 意地悪く言って、カンテラの額を指で弾いた。

【アーダルベルト】いつものわがまま姫様はどこ行ったんだ?
【カンテラ】だって……。

 カンテラが続きを言おうとするのを遮って、アーダルベルトは話題を変えた。

【アーダルベルト】変な犬っころを拾ってきたんだ。いや、捕獲したっていうのか?
【カンテラ】話が全然見えないわ。
【アーダルベルト】そうだな。要は……諦めるにはまだ早いってことだ、お姫様。

 アーダルベルトは快活に笑い、カンテラの頭をくしゃくしゃと撫で回した。