!ご注意!

このお話は『悪霊の家』を元にしたTRPG企画様に
参加させていただいた時のキャラクターを元にしたオリジナル小説です。
(一緒にプレイしてくださった方々から許可をいただいて公開しております。)

APP15の闇医者・玄岸蛍(くろきし・けい)と、SIZ18の探偵・霧山辰次さんの
大学生時代の初対面話となっております。









未だ掴めないもの


 霧山辰次という僕の先輩についてわかることはあるようで、ない。明らかにわかっていることと言えば、顔が怖いこと、身長が人間かと疑いたくなるほど高いこと、かなり強圧的ないでたちにも関わらずいい人だってことくらいだ。
 逆に僕はなよっちくって、平均ぎりぎりの身長で、医学を学んだ多少の知性があるくらい。おおよそ僕と先輩は人生においてすれ違うことすらないだろうというくらいに正反対だったけれど、それがまた妙なところで出会うこととなったのは大学生の時である。

 大学の入学式を終えて、僕が家へ帰ろうとしたときのことだ。大学の門の前では新入生を勧誘しようと色々なサークルの人たちがチラシ片手に声を張り上げていた。何事もないようにと願いながら、僕は早足でその場を通り抜けようとしたけれど、
「あっ、ねー、そこの君!」
 見るからにちゃらちゃらした男女に取り囲まれてしまった。
「すみません、帰るので通していただけないでしょうか」
 僕がなんとかそのスクラムから抜けようとすると、さらにその前を立ち塞がれる。
「話ぐらいは聞いてよ〜。俺らダンスサークルなんだけどさ」
「ごめんなさい、運動苦手なので」
「そんなこと言わないでよ。一回顔出しに来ない?」
「そーそー、君みたいに可愛い子入ってくれると、チームがぱーっと華やぐしさぁ」
 いくら断っても畳みかけるように何度も言葉を浴びせられる。僕は怖くなってきて、何も言えなくなってしまった。
 そう。白状しよう。大学に入りたての頃の僕はとても臆病で、社交性はほとんどなかった。他人より顔が整っているというだけで近づいてくる人間が多すぎて、僕はほとんど人間不信の状態になっていた。
 僕が大学に入った目標である「外科医を目指す」というのも人助けなんかを考えてのことではなく、大嫌いな人間を切り刻めてお金がたくさんもらえる仕事だと幼稚にも思ったからで、なんというか、今思い返しても若い頃の僕は正真正銘嫌な奴だった。
 そうして周りでぎゃあぎゃあと話し続けるダンスサークルの連中に嫌気がさして、通してください、と僕が大きな声を出そうとした瞬間、急に太陽が遮られて、僕のいる場所が暗くなった。
「やめたらどうだ。嫌がってるだろ」
 振り向くと、二メートル以上あるだろうか、とてつもない大男が僕とダンスサークルの連中を見下ろしている。
「げ、三年の霧山……!」
「霧山!? ちょ、やべぇって!」
「いこいこ!」
 霧山先輩が一歩踏み出すと、ダンスサークルの連中は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。取り残されたのは僕と霧山先輩で、他の学生たちは僕らを遠巻きにしている。一難が去ったのかさらにやってきたのか判断がつかないまま、僕は慌てて礼を言った。
「あ、あの……助けてくださってありがとうございました」
「いや、問題ない。ほとんど俺、何もしてないしな」
 そして霧山先輩はどうしたものかと何かを考えあぐねてから、沈痛な面もちでこう言った。
「すまないが、俺を助けると思ってついてきてくれないか」

 霧山先輩に案内されたのは部室棟の三階にある〈演劇サークルclarino〉というプレートがかかった部屋だった。僕は何もわからないまま部屋に通されると、窓際にポニーテールの女性がいた。
「霧山ぁ……あんた勧誘成功するまで帰ってくんなって言ったで……あれ?」
 女性はゆっくりこちらへ振り向くと、霧山先輩と僕を見比べた。
「あら、あらあらあらあらまあまあまあ!」
 猛スピードで僕に近づいてくると、その女性は自己紹介を始めた。
「ようこそ、我が演劇サークルへ!私は会長の千歳初美(ちとせ・はつみ)!歓迎するわ、可愛い子ちゃん!」
「あ、あの、違うんです……き、霧山先輩!?」
 僕は助けを求めるように霧山先輩を見る。そこでようやく千歳先輩が不振な目を霧山先輩に向けた。
「あんた、この可愛い子ちゃんを勧誘してきたんじゃないの?」
 霧山先輩は「ああ」とも「ううん」ともつかない声を出して目を逸らしている。
「うふふ。……さぁ、霧山。詳しい事情を話すがいいわ」
 大輪の花のように微笑みながら、全く笑っていない目で千歳先輩は事情聴取を始めた。

「つまり霧山は新入生に相手にされなくて途方に暮れてた時に玄岸くんを偶然助けて、その弱みにつけ込んでここまで彼を連れてきたと?」
「何でそんな嫌な言い方するんだ。俺だって迷ったんだ。何にも知らない新入生連れてくるなんて、こんなの騙し討ちだってことくらいわかってる」
 千歳先輩の厳しい尋問に、霧山先輩がしょぼくれている。僕はとっさに質問した。
「あの、霧山先輩にどんなのっぴきならない事情が……?」
「財布だ」
「は?」
 霧山先輩が部室の隅に並べられた荷物を指す。
「あの荷物の中に全財産が入ってて、それをポケットに入れる前に部室を締め出されて勧誘に行ってこいと言われて……俺にはもうこれしか手段がなかったんだ……すまない」
「ちょっとー! 締め出した私が悪いみたいな言い方よしてくれるー!?」
 千歳先輩が怒ると、霧山先輩も反論を始めた。
「だいたい、俺に新入生が勧誘できると思うか! この顔で! 逃げられる以外にどんな選択肢があるのか教えてもらいたいもんだな!」
 おそらくこのとき、霧山先輩本人としては少しムキになったくらいの怒り方だったのだろう。だが、霧山先輩の発言のとおり、彼の顔は迫力がありすぎ、その凄み方は大変恐ろしいものだった。そのせいで今まで飄々としていた千歳先輩が瞳をうるうるとさせ、
「だってぇ……だって、霧山、顔怖いだけでめっちゃいいやつだからさぁ……頼れる感じの先輩から勧誘された方が成功率上がるって思って……」
 とうとう泣き出してしまった。部外者の僕はおろおろするばかりで何もできない。霧山先輩はやっちまったーという顔をして眉間のしわを一度伸ばし、顔の表情を修正した。そして穏やかな口調で言う。
「あのな、千歳。信頼してもらえるのは素直に嬉しい。けどな、物事には適材適所がある。お前が俺のことを認めてくれてるのは今までの積み重ねがあるからであって、何も知らない新入生にとって、俺は怖い奴にしか見えないんだ。そこのところを、わかってくれないか」
 千歳先輩は鼻をぐすぐすと言わせ、うん、ごめんなさい、と小さく頷いた。
「玄岸くんも、ごめんね。私たちのごたごたに巻き込んじゃって」
「い、いえ」
「悪かったな。まぁ気が向いたら公演でも見に来てくれ」
「あ、あの。そのことなんですけど」
 僕はしどろもどろになりながら二人の顔を見た。
「僕、お芝居も、舞台作りも、なんにも経験ないんですけれど、よければ入部させてもらえませんか?」

 この感動的な一場面に蛇足をするとすれば、僕は別に演劇に興味があったわけじゃなかった。ただ、霧山先輩の口から出た「信頼」という言葉が、僕は妙に気になったのだ。僕は誰も信頼していないし、誰からも信頼されていない。それくらいは自分にもわかる。どう表現したらいいか迷うけれど、僕は「自分にないもの」に憧れていたのかもしれない。表面だけのお飾りの自分にはない、ただそこにいるだけで中心となれるような存在感と言うべきか。ずいぶん時間が経った今でもまだその正体はよくわからない。未だ僕はすべてを掴めていないのだ。
 加えて格好悪い蛇足もするならば、僕は千歳先輩に一目惚れしてしまったのである。華やかな容姿や、真っ直ぐな喋り方。春の嵐のようなその人に、僕は恋をした。
 僕は演劇サークルに入ってからというもの、あまりにも千歳先輩が好きすぎて、お近づきになりたいばかりに彼女と同じような人懐っこくて砕けた性格に変わっていった。その頃から、僕は自分の容姿に寄ってくる人間に舌を出して追い払う術を学び、自分から「残念な人間」を率先して演じるようになっていた。千歳先輩は僕のことを弟のように可愛がってくれたし、その様子をやれやれとでも言いたげに見守ってくれた霧山先輩にも僕はとても感謝している。結局、その道化のせいで千歳先輩への恋慕は実らなかったけれど、大学を出た今でも彼女と交流があることは、やはり嬉しい。

 偶然できた休日の散歩中、僕はそんなことを回想していた。大学時代の思い出や、そういえば霧山先輩とは全然連絡を取っていなかったなぁ、とか。なんとなく、虫の知らせがあったのかもしれない。
 鼻歌混じりに歩き続けていると、遊歩道で不良が小さな女の子に絡んでいるのが見えてしまった。ああ、きっと霧山先輩だったらさっさと追い払えるだろうに。僕は一度その場を通り過ぎようとして、その足を止めた。未だ掴めないものに手を伸ばすように、僕はこれから始まる物語に乱入することにした。

「ねぇ、君たち。どうしたのー?」


 ――そこから先は、いつかまた話そう。


〈了〉